朝から鳴くのは雀ではなく、鳩だ。
どこかうつろな穴の中で響くような鳩の声が森の高いところを抜けていく。
高くさまよった鳩の声がゆっくり落ちてくる中、私は小屋の戸を開けて泉に向かう。
泉は小屋のすぐ近くにあり、簡単な屋根のある小さな椅子が側に置いてある。
私はそこに座って待つ。
私の仕事は泉の管理人だ。
泉には、水を飲んだり水浴びをする鳥たちが来る。
よく見ると小さい虫たちも岸辺で蠢いている。
魚たちもいる。数は少ないが。
ほんの時々、鹿も来る。木立の陰に立ち、動かない眼でじっとこちらを見つめている。
たまには水を飲む。群れで来たり、1頭で来たり。
ここは静かだ。
夜によく眠る質だからか、仕事中は眠気が来ない。だから一日ぼうっと泉の管理人をしている。
温泉の管理人という人もいるらしい。
温泉ならもっと楽しいだろうかと思う。
猿や何かが浸かりに来たり、自分も足湯をしたり、仕事終わりには温泉を満喫したり。
少なくとも冬の間は暖かいだろうな。
今度移動願いを出してみようかとつらつら考える。
たまに、滅多にないことだが、泉の中から何かが出てくることもある。
予兆があったりなかったり、それはその時によって違うが、突然ザバリと大きなものが立ち上がるとやはりびっくりする。
黒くて大きかったり、透明で小さかったり。
逆に黒ずんで小さかったり、大きな光のようだったりもする。
出てきたものはそのまま岸に上がってくることが多い。私を無視したり、顔(それが顔なら)をこちらに向けたり。
出たい時に泉から出て、出て行きたいように出て行って、好きな方に向かって行ってしまう。空に昇るやつもいる。まっすぐ登ったり、階段を登るようなしぐさで斜めに上がっていったり、体をくねらせながら空に駆け上がっていったり。
そうして二度と帰ってこない。
私は連絡用のノートに出てきたもののスケッチを描いて、連絡員が来るのを待つ。
連絡員は1週間に一度やってきてノートを受取り、新しいノートを置いて帰っていく。
ああ、いや。たまには帰ってきているのかも。
見たことはないが、夜中に森の中からやってきた足音が泉に向かうのを何度か聞いた。
ドアを開けてうかがい見ても、黒い影がうぞうぞと動いているばかりで、それが何なのか、前に見たことのあるやつなのかなどさっぱりわからなかった。
数度試した後は、もう見ることは止めて、森から出てくる足音を布団にくるまったまま聞いている。
雨の後などは、朝の光の中でしっぽ(それがしっぽなら)を引きずった後や、岸辺の草が倒れているのを発見することもある。
連絡員には何も言わない。それは私の仕事ではないから。
今日も私は温泉の管理人のことを考えながら小さな椅子に座る。
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